第四章 新たなる獲物 2 社長でご主人様である加藤育郎から、指示をうけたその日の午後。西脇真澄はひとり住宅街を歩いていた。 「ここね」 見上げた先には八階建てのマンションがそびえている。 加藤の命令はこのマンションのとある一室にいくことだった。 真澄はゆっくりと歩を進め、建物内に入っていき、目的の部屋へと一直線に向かっていく。 辿り着いたドアの前。表札には門田と書かれていた。そう、ここは加藤織物に勤めている男性社員、門田の住むマンションなのである。 インターホンを鳴らすとすぐに反応があり、おしとやかな口調で「どちら様ですか」という言葉が返ってきた。 「私、ご主人の勤める会社で人事部長をしております、西脇真澄と申します。ご主人のことでお話があって伺わせていただきました」 人事部長という単語に反応したのか、すぐに内側からキーロックが外され、ドアが開かれた。 中から姿を現したのは三十少し過ぎの、優しそうな雰囲気をまとった大人の女性だった。 「貴女は確か……」 「もともとは門田さんの後輩でした。先日、人事部長に就任したばかりなんです」 黒い艶やかな長髪をなびかせている美女と、真澄は一度だけ会ったことがあった。 同僚だけでおこなう忘年会に、門田が自慢げに連れてきていたのだ。その時紹介されたのだが、当時もずいぶん綺麗な女性だなという印象があった。 どちらかと言えばキツめで活動的なイメージがある真澄とは対照的で、常に穏やかな微笑を浮かべている彼女は、まさしく淑女と呼ぶに相応しい。 真澄の記憶が確かならば、名前は弥生と言ったはずである。 「弥生さん……でしたよね。その節はお世話になりました」 「いえ、こちらこそ。それで主人についてのお話というのは……。あっ、こんなところで立ち話するのもなんですね。どうぞ中へお入りになってください」 「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」 丁寧にお礼を述べてから、真澄は室内にお邪魔するために靴を脱ぎ始めた。 綺麗に片付けられているリビングに通され、白いソファに座るよう促される。 言われたとおりにして待っていると、ソファと同じく白のテーブルの上にマグカップがひとつ置かれた。弥生が気を使って、紅茶を淹れてくれたのだった。 「気を使わせてしまって申し訳ありません。いただきます」 少し喉が渇いていたこともあり、紅茶を軽く一口含んでそれを喉へと流しこむ。 「それでは早速ですが、主人についてのお話というのは……」 やや緊張気味に弥生が真澄に聞いてきた。このところの大不況もあるし、人事部長である真澄が直接来たのだから、少なからず嫌な予感というものを抱いているのだろう。 「申し上げにくいのですが、実はご主人とうちの社長が仲違いをしていまして」 真澄の言葉に、弥生はやっぱりかとばかりにため息をついていた。 「最近家でよく主人からそのような話を聞いていました。もしかして、そのことをわざわざ教えにきてくださったのですか」 「ええ。今日社長室の前を通ったところ、解雇しろ、しないの声が聞こえてきて、さすがにビックリしてしまいまして……」 「か、解雇ですか」 予期していなかった単語の登場に、弥生もさすがにビックリしてしまった。 晩酌時によく社長と合わないとだけ聞かされていたが、まさかそこまで事態が切迫しているとは思いもよらなかったのだ。 「最近は不景気で転職も厳しいでしょう。確かにウチの社長はワンマンですが、ご主人に短気をおこされては大変なのではないですか」 「そ、それは確かに、そう……ですけど……」 あまりに極悪な大不況のせいで、一家心中してしまった友人の話も弥生は聞いたことがあった。 現に実家でも両親が職を失っていて、弥生が仕送りをしなければとても生活していけないほどなのである。万が一、夫が仕事を失ってしまうようなら、自分たちだけではなく両親までもが路頭に迷うことになってしまう。 とはいえ、真面目で熱血漢で思いやりのある夫のことを、弥生は心から信じていたし、好きだった。その夫が会社を辞めたいのであれば、意思を尊重してあげたいとも思う。しかし……。 「わ、私はどうしたら……」 弥生はすがるような目つきで真澄を見つめた。 わざわざ夫と社長の不仲を心配して来てくれたのだから、彼女ならば自分を助けてくれるかもしれないと思ったのだ。 「そうですね。やはりご主人と社長の仲を改善するのが一番でしょう」 「そ、それはそのとおりです。しかし、主人が素直に社長さんに謝るとはとても……」 正義感溢れる人間であるがゆえに、門田はとてつもなく頑固なのだ。それは妻である弥生が一番よくわかっていた。 「なら、社長のほうをどうにかするしかありませんね」 「どうにかできるんですか」 是非にでもそうしてほしいと思っていた弥生は、目を輝かせて思わず身を乗りだしてしまっていた。 「ええ、もちろん」 その様子に苦笑しながらも、真澄は軽くウインクをしてみせた。 もともとここまでの展開は加藤が練った計画に沿ったものなのだから、そんなことは造作もない。むしろ本題はここからなのである。 「そのかわりと言ってはなんですが……」 そう言って妖艶に微笑んでから真澄は右手を伸ばし、そっと弥生の豊乳に触れた。どうやら着やせするタイプみたいらしく、見た目よりもずっとボリュームがあるように思えた。 いきなり乳房に触れられた当の弥生は、いきなりの展開にビックリして声も出せずにただ口をパクパクとさせている。 「実は私……レズなんです。初めて弥生さんを見た時から、とても素敵な女性だなって思っていたんです」 テーブルの上に乗っていた弥生の手を握り、あたかも同性愛者のごとく、その手の甲にほお擦りをしてみせる。 「もちろん付き合ってほしいなんて言うつもりはありません。ただ一回だけでもいいから、私に夢を叶えさせてほしいんです」 魅惑の美人妻を真正面から見つめて、真澄はそう呟いた。 夫の解雇を口実に真澄と弥生にレスボスの関係を結ばせる。これこそが加藤が真澄に説明した作戦であり、与えた任務だった。 うまく関係を結べたら、あとは真澄が弥生に徹底的に肉欲を教えこみ、奴隷調教をしていくのである。 「それは、その……」 元来が内向的な弥生は真澄の要求をキッパリと拒否することができず、しどろもどろになっては目を伏せるだけだった。 「お願いです、弥生さん」 反応から押しに弱いタイプだと判断すると、真澄は「一回だけですから」などと涙ながらにしつこく懇願した。 やがて夫の会社でのことを頼む負い目もあり、仕方なしに弥生は顔を頷かせたのだった。 「嬉しい。弥生さん、大好きよ」 立ち上がった真澄は正面にある弥生が座っているソファへと移り、三十代とは思えない美貌を誇っている人妻に抱きついていく。 ムードをだすために丁寧な口調を崩し、ウットリと相手の目を見つめながら真澄は両手で弥生の頬をさする。 「ほ、本当にこれ一回だけなんですよね」 「もちろんよ。嘘はつかないわ」 言葉どおり一回で終わらせるつもりなど毛頭なかったが、今は行為に持ちこむために少しでも相手を安心させてやらなければならなかった。 「ああ、弥生さんとキスできるなんて、まるで夢のようだわ」 幾度となく愛の言葉を口にしてから、真澄は弥生の薄いピンクのルージュが塗られた唇に自分の唇を重ねた。 相手の唇の感触を貪ったあとで、すかさず舌を弥生の口内へと滑りこませていく。 「ンッ、ンン……」 男性経験は今の夫としかない弥生だけに、当然女性同士でキスをすることなど初めてだった。しかも舌を絡めあうディープキスである。 戸惑う弥生とは対照的に、真澄は積極的に舌を押しつけてきた。粘っこい口づけがねっとりと続き、舌先で口内の粘膜を刺激されるたびに、熱に浮かされたように頭がボーッとしてくる。 次第に何も考えられなくなっていき、弥生の体からは急激に力が抜けていった。 「弥生さん、とっても可愛いわ。どうか真澄にタップリ愛させてくださいね」 ソファの上に弥生を押し倒し、ジャケットとブラウスを真澄はその場で脱ぎ捨てる。 本来はレズではない真澄なのだが、何故かこれから始まる美人妻との情事を考えると気分が高揚してきて、思わず舌なめずりをしてしまうのだった。 |