第三章 完全なる調教

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 西脇真澄の身体に変調が起きたのは、社長室から出て数分後のことだった。
 いつものように性欲処理課で牝奴隷どもの相手をしようと考えていたところ、歩いていた通路で突然下腹部に軽い痺れのようなものが走ったのだ。
 考えられることはただひとつ。社長である加藤育郎にモニターするよう指示された下着である。
 やっぱりこういうことか。ある程度予測していた真澄は慌てることなくそう理解すると、すぐにトイレへと向かった。もちろん下着を脱ぐためである。
 仕事中は脱いでおき、業務終了直前の時間に再び着用して加藤に結果報告をすればよいのだ。
 もともと着けていた下着は加藤に取られてしまっているが、なんてことはない。今日は一日室内にひとりでこもっていればいいのだ。
 幸いにして処理をしなければならない書類は山のようにあるし、誰にも自分の姿を目撃されなければノーパンノーブラでも構うことはない。
 だが真澄のスケジュールはあっけなく崩れることになってしまった。
「おお、いたいた」
 小走りで近寄ってきた醜い顔の中年親父。酒焼けでもしているかのような赤い顔に、やや厚いたらこ唇から覗く黄ばんだ前歯がより一層不潔感を協調している。
 名前を近藤といい、昔から社長の腰ぎんちゃくで、常に媚を売ることで出世してきたいけ好かない社員である。とはいえ役職は専務で、一応真澄の上司にもあたるため邪険にもできなかった。
 愛想笑いを浮かべ、近藤に用件を尋ねる。
「いや、社長からの指示でね。西脇さんに仕事を手伝ってもらえと言うんだよ」
 やられた。真澄は即座にそう思っていた。
 こちらがしようとすることを見抜かれて、加藤が先手を打ってきたのだった。
 例え下着を脱いでから業務に加わったとしても、スケベな専務がノーパンノーブラなのを見逃すはずもない。真澄の対抗手段は封じられたも同然だった。
 しかも専務である近藤が管理しているのは営業部であり、商談をするための来客も数多く訪れる。そう言えば、今日も何件か訪問予定があったはずである。
「西脇さんのような美人がお茶だしをしてくれたら、商談もウチ有利にまとまること間違いなしだよ。いやぁ、社長には感謝しないといけないなぁ」
 こずるい性格が滲みでているような顔を歪ませ、近藤が下から真澄の顔を覗きこむ。真澄のほうが背が高いため、どうしてもそんな形になってしまうのだ。
 西脇真澄が社長である加藤育郎の愛人であるということは、当然側近である近藤が知らないはずもなかった。
 この近藤も、もともとは真澄にしつこく言い寄っていた男のうちのひとりであり、だからこそ少しでもおこぼれにあずかろうと、最近では加藤へのおべっかもより熱心なものになっていた。
「わかりました。では、すぐに向かうとしましょう」
 断ることもできなく、真澄は仕方なしにそう答えると、近藤とともに営業部へと向かうことにしたのだった。

 気を強く持っていれば大丈夫。そう自分に言い聞かせて西脇真澄は業務についていた。
 やってくる来客と近藤が応接室で商談の席に着くと、すぐにお茶を持っていき、丁寧に応対する。
 グラビアアイドルも顔負けな美貌を誇る真澄に誰もが目を奪われ、すぐに興味はその顔からスーツの奥に隠されているボディラインへと移行される。
 お茶をだすためにしゃがみこむと、発生するブラックゾーンに場にいる男たちの視線が一斉に注がれる。
 立ち上がって背を向けると、今度はタイトスカートをピンと張らせているヒップが注目を浴びる。
 普段ならたいして気にもならない男たちの視線が、今日はやけに鋭く深く突き刺さってきた。舐めるような目つきで見られるたびに身体がカーッと熱くなり、股間がムズムズとしてきてしまう。
 下着には媚薬が塗られていたであろうことは理解できていたが、ここまで強力だとは真澄も想定していなかった。少しでも気を抜いただけで、人前にもかかわらずあやうく自慰行為をしそうになってしまうのだ。
 それでもなんとか気力を振り絞って役目を終えると、営業課の室内へ戻り、自分用に設置されたデスクにつく。
「く、うう……」
 我慢しようと思っても勝手に声が漏れてきてしまう。さすがにもう限界だった。せめてショーツだけでも脱いでこよう。
 そう決断した真澄が席を立つのと時をほとんど同じくして、営業課にニヤニヤとしながら社長の加藤育郎が現れた。加藤にとっては最高のタイミングだろうが、真澄にとっては最悪のタイミングである。
 滅多に営業課に来ることのない社長の姿に、周囲の社員たちはにわかに戸惑いを見せるが、当の加藤は知らん顔である。恐らくは真澄が下着を脱ぐことがないように監視しにきたのだろう。
 案の定、真澄を見つけるとわき目もふらず一直線に向かってきた。
「モニターしていて感じはどうだ。脱ぐことなくそのまま一日過ごすように頼むぞ」
「も、もちろん、わかっていますわ」
 周囲から変に思われないように、とりあえず無難な受け答えをする真澄。だが女体は小刻みに震え、頬には薄っすらと汗が浮かびだしていた。
「ワシの渾身の作だけに気が気じゃなくてな。今日は一日行動をともにさせてもらうぞ」
「え、ええ。喜んで」
 理由を探して断ったところで、下着をつけさせられた時みたいに力押しされるのは目に見えていた。真澄にできるのは微笑んで頷くことくらいしかなかったのである。
 ここで加藤育郎に反発したとしても、地位と権力を剥奪されてしまうだけ。そうなれば今まで自分が苛めていた女子社員たちは、目の色を変えて自分に仕返しをしてくるだろう。ここまできた以上、今さら引き返すはもうできないのだ。
 なんとしてでも加藤の責めに理性を保ったまま耐えて、今までと同じように従順なふりを装うしかなかった。真澄の最終目標は加藤に代わって社長の座を手中に収めることなのだ。
 愛人という立場も悪くないように思えたが、やはり元来プライドの高い真澄にとって、男に媚を売りつづける娼婦でいることは耐えられない。
 そのために水面下で行動を開始して、秘密裏に加藤を罠にかけようとしていたのだが、どうやら企みはあっさりと見抜かれてしまっていた。
 しかし反乱を企てていたという証拠を突きつけられているわけではなく、相手は多分直感で悟ったのだろう。なら、まだこちらにも十分チャンスは残っている。
「そういえば、どことなく顔が赤いような気もするが、熱でもあるのか」
 白々しく心配してみせると、真澄からは笑顔と「大丈夫です」という言葉が返ってきた。加藤が想定していたとおり、自分の羞恥を他人に晒すつもりは毛頭ないらしい。
 ククク。その想いこそが、自分自身を苦しめる最大の原因となるのだがな。
 唇の端を吊り上げたまま、加藤はスラックスのポケットの中に手を入れ、小さな正方形のスイッチに指をかけた。
 それは西脇真澄に装着させた下着に埋めこまれている、超小型ローターの起動スイッチだった。

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