第二章 幕開けの復讐劇

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 その変化は誰の目にも明らかだった。
 セクハラ断固許すまじがモットーのようだった西脇真澄が、毛嫌いしていたはずの加藤育郎にヒップを撫でられても、眉ひとつしかめなかったのだ。
 それどころか潤んだ瞳で甘えるような上目づかいさえ見せている。
 そのシーンを見た事務所内の誰もが理解していた。西脇真澄はセクハラ社長である加藤育郎の愛人になったのだと。

 そしてその日の朝礼で加藤から驚くべき発表がなされた。一社員でしかなかった真澄が人事部長にいきなり就任したのだ。
 しかも人事の決定権だけでなく、給料査定などの総務役も含むかなりの権限が与えられていた。
 これに戦々恐々なのは、今まで真澄を徹底的に仲間はずれにしてきた女子社員たちである。
 真澄が加藤の愛人となった元々の理由が復讐だっただけに、女子社員たちの悪い予感は的中することになった。
 早速当日の昼休みに、西脇真澄が真っ先に復讐するべき相手を呼び出したのだ。
 裏切ってくれた社員たちのなかでも、特に主犯格として真澄に嫌がらせを働いてきた二人組みである。
 ひとりはおさげで眼鏡をかけている増田ゆい子。垂れ目にだんごっ鼻で顔立ちは人並み程度である。
 もうひとりは中島春香という茶髪でセミロングの女子社員。服装に関しては加藤があまりうるさくないだけに、いつもピアスやネックレスといったアクセサリー類をジャラジャラとつけている。
 こちらは社内の男性社員に告白されたこともあるくらいで、顔立ちはわりと整っているが、人気ナンバーワンだった真澄の美貌にはやはり遠く及ばない。
 中学時代からの親友でともに高卒入社三年目の二人は、無人の会議室に並んで立たせられていた。
「それで一体何の用ですかぁ」
 いつもどおりの舌足らずな口調で、春香が真澄に用件を問いかけた。
 男性人気などを意図しているわけではなく、もともと春香はこういう喋りかたなのだ。
「できれば早く済ませていただきたいんですけど……」
 学生時代は勉強がそこそこできたというだけあって、増田ゆい子の方はわりとしっかりした言葉遣いと口調である。
 二人とも普段はもっと威勢がいいのだが、何をされるかわからないという恐怖心から、様子を窺うに近い弱気な状態になっていた。
「そう怖がることはないわ。人事部長らしく社員の服装検査でもしようと思ってね」
 そう言って真澄はニヤリと笑う。
 これまで自分を苦しめてきた奴らに、仕返しをできると思うと楽しくて仕方ないのだ。
「まずは下着の検査といこうかしら。ブラウスを脱ぎなさい」
 セクハラ全開の指示にすぐさま二人から抗議の声があがる。しかし真澄が騒ぐ女性社員たちをすぐに一喝した。
「貴女たちは自分の立場をわかっていないようね。私は人事部長なのよ。貴女たちの首なんてすぐに切ることができるんだから」
「ひ、卑怯ですよぉ」
「言葉に気をつけなさい、春香。次も同じように反抗したら、問答無用で解雇するわよ」
 真澄のキツい一言で春香が「うう……」と押し黙ってしまう。
「別に会社を辞めてもいいじゃない。ご両親から養ってもらえばいいわ。あ、そう言えば二人ともご両親がリストラされていたんだったわね。これは悪いことを言ってしまったわ」
 もちろん忘れていたわけではないし、心から気の毒がっているわけでもなかった。
「ウチの給料なら家族全員楽に養ってあげることができるわね。でも、解雇されてしまったらどうかしら。食事をすることもままならなくなって一家心中……なんてことにならなければいいわね」
 恐ろしい台詞を平気で言い放つ真澄。それだけゆい子と春香に対する怒りが強かったのだ。
「す、すいませんでしたぁ……」
 完全に人が変わってしまっている真澄のまえに、成す術もなく春香が涙声で謝罪する。権力を持った真澄の台詞が脅しではなく本気だと悟ったのだ。
「そうやって素直にしてれば、ちゃんと会社に残しておいてあげるわ。さあ、言われたことを早く実行しなさい」
 会社を辞めさせられてしまったら、他に就職するアテも保障もない二人は、どうすることもできなくその場で制服のベストを脱ぎ、ブラウスのボタンをひとつずつ外していく。
 ほどなくしてゆい子と春香のブラウスが相次いで床に落ち、それぞれのブラジャーが姿を現していた。ゆい子が白のレースで、春香がハーフカップで色鮮やかなピンクのブラジャーである。

「困ったわね。二人とも伝統ある加藤織物の社員に相応しくない不埒な下着だわ」
 ペチペチと軽く二人の頬に平手打ちをしながら、ねちねちと真澄が言葉責めをしていく。
 かく言う本人は加藤の命令でシルク素材の黒色ブラジャーをつけており、大きく開いているブラウスの胸元からかすかに覗いているのだが、気づいたところで弱者であるゆい子や春香に指摘などできるはずもなかった。
「それにしても無駄にデカい胸をしてるわね」
 ゆい子の乳房を見て、真澄が一言そう呟いた。
 以前から彼女の巨乳は男性社員のあいだでも噂になるほどで、その大きさたるや、同じく巨乳にランクする真澄よりもさらにワンサイズ上回っているように思えた。
「ここまでくるともう牛ね」
 唐突に真澄がゆい子の乳房を掴んだ。かなり力を込めているので、指が肉にめりこんでしまっている。
「い、痛い……!」
 苦痛を告げたゆい子の頬に強烈なビンタが飛んできた。目の前で星が飛び散り、頭がクラッとする。
「上司に対してはきちんと敬語を使いなさい。わかったかしら、メス牛ちゃん」
「……わ、わかり…ました……」
 悔しそうに顔を歪めながらも、ゆい子は真澄の言葉に頷く。
 ここでキレて反撃でもしようものなら、先ほど警告されたとおり会社をクビにされ、家族一同生きていくのが難しくなってしまう。なんとしてもゆい子は耐えなければならなかった。
 世間が大不況に陥ってからは、加藤のセクハラで胸を揉みしだかられることなど日常茶飯事なのだ。相手が同性であるだけまだマシだと自分に言い聞かせて、ゆい子は唇をギュッと噛み締める。
「ずいぶん悔しそうね。でも自業自得でしょう。私ひとりをスケープゴートにして、自分たちは会社に残してもらおうと社長におべっかを使ったんだから。私が貴女たちと同じような真似をして何が悪いの」
 被害者面しているゆい子をキツく睨みつけてから、次は隣にいる春香の胸に真澄が手を伸ばした。
 春香はゆい子とは対照的で、どちらかと言えば人並み以下。貧乳と呼ばれる部類にはいる大きさだった。
「こっちは全然揉みごたえがないわね」
 ブラジャー越しに乳房の感触を確かめている真澄がフフンと鼻で笑う。
「相棒が牛で、貴女はまな板ね。これぞまさしくでこぼこコンビってヤツかしら」
 実際はそこまで小さくないのだが、女帝と化している真澄に反論などできるわけもなく、ゆい子と同じように春香も黙って俯いたまま言葉の苛めにジッと耐えていた。
「次はスカートよ」
 春香の乳房から手を離した真澄が二人にそう告げる。
 一度顔を見合わせたゆい子と春香だったが、やがて観念したようにスカートのホックへ指をかけていくのだった。



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